大阪高等裁判所 昭和33年(う)921号 判決 1958年12月23日
主文
原判決を破棄する。
被告人箕島弥吉、同新井章市を各懲役二年に、同西川広、同西岡小吉を各懲役一年に、同上田重夫、同中家将富、同中憲次、同城山正則を各懲役一〇月に、同栗原弘夫、同喜多久雄を各懲役八月に処する。
被告人箕島弥吉、同新井章市を除くその余の被告人らに対しいずれも本裁判確定の日より三年間右各刑の執行を猶予する。
押収にかかるポリエチレン袋入り生あへん(鑑定に使用した残量)(和歌山地方裁判所昭和三三年領置第一七号)を没収する。
原審の訴訟費用中証人宮本正之、同山本欣一に支給した分は、被告人箕島弥吉、同新井章市、同中家将富の連帯負担、証人岩崎昌市、同関根淳二郎に支給した分は被告人新井章市の単独負担、証人喜多久雄、同栗原弘夫、同城山正則、同樫原広二、同西出弘宣、同木村弘、同鳥前隆に支給した分は被告人箕島弥吉、同新井章市の連帯負担、証人森秋次郎に支給した分は被告人栗原弘夫の単独負担、証人梅原紀治に支給した分は被告人城山正則の単独負担とする。
理由
被告人箕島弥吉及び同新井章市の弁護人塩見利夫の控訴趣意第一点について。
原判決の挙示する関係証拠によると、被告人箕島及び同新井が売買斡旋の目的で判示第一ないし第三のとおりそれぞれ判示の生あへんを預り又は交付したことが認められることは所論のとおりであるが、あへん法第七条第一項にいう譲渡し又は譲受けとは所論のように売買等所有権の移転を伴う授受に限るべきでないと解すべきことは、同法と法の目的を同じくする旧麻薬取締法第四条第三号にいう譲渡について、最高裁判所の同旨の判例(昭和二九年八月二〇日第二小法廷判決、集第八巻第八号一二三九頁参照)の示すとおりである。原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤もない。
同第二点について。
本件が所論のようにいわゆるおとり捜査によつて摘発検挙されたかは記録上必ずしも明確ではないが、仮りにその事実があつたとしても、たまたま捜査官の誘発によつて犯意を生じ、又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合、その一事をもつてその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性、責任性若しくは違法性を阻却するものでないことは最高裁判所の判例の示すとおりである。(昭和二八年三月五日第一小法廷決定、集第七巻第三号四八二頁、昭和二九年一一月五日第二小法廷判決、集第八巻第一一号一七一五頁参照)そして所論の日本国憲法前文中の「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とあるのは国政における民主主義の根本原理を宣明したものであり、同法第一三条は民主主義の根底である個人尊重の理念を示したものであつて、これらは国民の罪悪追求の自由を認め又は犯罪者に対する悪平等を規定したものではない。他人とくに捜査官の誘発にかかつてあえて罪を犯すのは、その者自身の意思に基くのであり、その責任を追求されるのは当然であつて、これをもつていわゆる個人の尊厳を害するということはできない。論旨は理由がない。
同第三点について。
原判示の第四の恐喝の事実は判示関係証拠によつて優に明認することができ、原判決には所論のような事実誤認は認められない。
被告人中憲次及び同城山正則の弁護人中谷鉄也の各控訴趣意第一点について。
原判決挙示の関係各証拠によると、被告人中憲次及び同城山正則が各判示のとおり同新井章市及び同中家将富又は同栗原弘夫及び同喜多久雄とそれぞれ共謀して、判示各生あへんを譲受け又は譲渡したことが明らかであり、被告人らの本件行為が前記の被告人らとの共謀によるものではないと認むべき資料は少しもない。論旨は理由がない。
被告人箕島弥吉及び同新井章市の弁護人塩見利夫の控訴趣意第四点、被告人上田重夫及び同西岡小吉の弁護人中尾武雄、被告人西川広の弁護人当別当隆治、被告人栗原弘夫及び同喜多久雄の弁護人黒川英夫、及び被告人中家将富の弁護人北川静雄の各控訴趣意並びに被告人城山正則の弁護人中谷鉄也及び被告人中憲次の各控訴趣意第二点について。
まず職権によつて調査すると、原判決は被告人箕島弥吉の判示第二の(二)(三)の営利の目的をもつて生あへんを被告人上田重夫から譲り受け更にこれを被告人新井章市に譲り渡した両罪が牽連犯に当るものとして、刑法第五四条第一項後段を適用処断しているけれども、原判決挙示の関係証拠によると、被告人箕島は他に売りさばく目的で昭和三二年六月二〇日頃被告人上田から判示生あへんを譲り受けて預かり、これを自宅に隠匿して所持し、同年九月二七日頃になつて他に売却することを依頼する趣旨で被告人新井章市に交付して譲り渡したことが明らかであり、あへん法がその第七条第八条によつてあへんの譲受け、譲渡し、及び所持を規制し、罰則においてその各違反を処罰の対象とし、もつてあへんについての取締の励行を期している点から観察すると、右各行為を併合罪として処断するのが同法の目的に合致すると考えられるのみならず、右譲受け、譲渡しは必ずしも常に手段結果の関係に立つものではないから犯人が営利の目的をもつてこれらを行つた場合でも、単にかかる主観的な面から観て両罪を牽連犯とするのは正当とはいえない。従つて判示第二の(二)(三)はこれを併合罪として処断すべきであるのに原判決が牽連犯としたのは、法令の適用を誤つたもので、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。次に量刑不当に関する右各所論について記録を調査し、且つ当審の事実取調の結果を考察すると、本件各犯行の罪質は重大でしかも各あへんの量は決して少量ではなく、罪状軽いとはいえないが、被告人らに同種の罪による前科はないこと、その他所論の情状に照し、原審の刑はいずれも相当でないと認められる。
よつて被告人箕島に対しては刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第三九二条第二項により、その他の被告人に対しては同法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、原判決認定の事実に、被告人箕島及び新井を除くその他の被告人に対しては原判示の法条及び刑法第二五条第一項を適用し、被告人新井に対しては原判示の法条を適用し、又被告人箕島に対しては原判示第二の(二)(三)関係の同法第五四条第一項後段を削り、同被告人の判示第一の(二)、第二の(二)(三)、第四は同法第四五条前段の併合罪であるとする外、原判示の法令を適用し(被告人箕島、同新井に対する判示第四の関係について刑法第五四条第一項後段とあるは同項前段の誤記と認められるのでそのように訂正する)主文のとおり判決をする。
(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田清好 小川武夫)